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 vol.5
 ■ 当選後二度目の新春を迎えて
 ■ 「岸田文武君を偲び岸田文雄君を励ます会」開催 -東京-
 ■ 広島における精力的な活動

 ■当選後二度目の新春を迎えて
 
 早いもので平成五年七月の初当選から一年半がたち、私もお蔭様で衆議院議員として二度目の新春を迎えさせていただきました。その間、頂きましたご指導、ご厚情に対して心から御礼申し上げる次第です。
 無我夢中で過ぎた一年半でしたが、振り返ってみると、本当に多くのことを経験させていただきました。当選する前も、様々な形で政治を勉強し、経験を積む機会はあったのですが、当選後の一年半で、その十年分を経験させてもらったような気がします。それほど貴重な体験の連続でした。
 その理由としては、まず、時代自体が大変な激動期にあったということがあります。今の日本のおかれている状況は明治維新や戦後の混乱期に匹敵するほどの激動期であるといわれます。国際的には、冷戦後の秩序作りをめざして各国とも苦しむ中、地域紛争等、混乱の芽は後を絶たない状況であり、日本の国際的な役割、存在そのものが問われています。経済に関しても、バブル崩壊後の日本経済において、産業や金融の空洞が懸念され、規制緩和をはじめとする経済改革がさかんに唱えられています。そうした状況に対応できる政治を実現すべく、政治の改革の必要が言われ、三十八年振りに政権交代がおこり、政界の再編が進むこととなったわけですが、現実においては、そうした政界再編も、まず権力闘争ありきで、その辻つま合わせのために各党とも同じように「改革」「変革」といった言葉を持ち出すありさまで、各政党のどこがどう違うのか、国民にはわからないような状況になってしまいました。政党どうしが政策を争点として争う選挙の実現を目ざす小選挙区比例代表並立制の導入した場合、いったいどんな選挙になってしまうのだろうという不安の声も、早、聞かれます。
 こうした状況下で私自身としても様々な経験をさせていただきました。当選後二週間で自由民主党が政権を手放したことにより野党議員となり、細川、羽田両政権を追及するべく、六度の委員会質問に立たせていただきました。米の自由化、小選挙区の導入、社会党の政権離脱等の動きの中で、解散総選挙を覚悟したことも三度ばかりありました。その後自社さ、連立の村山内閣が成立したわけですが、成立後は野合内閣でいったい何が出来るのか、という厳しい非難を受け、私も地元に帰る度に随分と批判の声を受けました。しかし村山政権が初めて本格的動き出した第百三十一臨時国会においては、内閣提出法案がすべて国会を通過しました。これは戦後初めてのことだそうです。しかも、成立した法案は年金法の改正、税制改革関連法案、自衛隊法の改正、被爆者援護法、WTO関連法案等々どれをとってみても今までなら通過までに内閣の一つや二つ、ふっ飛んでしまっても不思議はない重要法案ばかりであったことを考えますと、改めてこの自社さ連立政権の意義を考え直さなければ、という気持ちを持った次第です。
 そして昨年末には、当選後初めて与党議員として予算編成にあたりました。連立政権であるがために予算編成においても戸惑うことも多かったのですが、実際に予算編成に関わってみて、政党や政治家が自らの理念や政策を明らかにする方法は、聞こえの良い言葉や派手なパフォーマンスによるのではなくしてこうした予算の場において具体的に何を重視するかによるべきではないか、ということを強く感じました。政権をとって、予算において何に重点を置いてお金をつけていくか、ということに、一番、その政党や政治家の理念や政策が端的に現れるのでわないかと感じ、予算の重要性を痛感した次第です。
 こうして一年半を振り返ってみると、後から後から様々な出来事を思い出します。誠に濃密な一年半だったと感じています。そしてその間、一貫して考えてきましたのは、この貴重な経験とそれに対する自分の思いを、いかに国民の皆さんに伝えることこそ、国民の負託を受けた政治家の勤めではないかと考えました。少なくとも、マスコミのフィルターを通すことなく、自分の見聞きした生の政治の姿を直接国民につたえたて、その判断の材料としてもらうことが政治家の第一に行うことでわないかと考えた次第です。
 そのために、この季刊「翔」の発行を行い、各所で国勢報告会を開き、毎週、街頭演説を行ってきました。特に街頭演説は、昨年、五十回にわたり街頭に立ち、不特定多数の街を行き交う国民の皆さんと直接、接し、その反応を感じることができたことは自分にとっても大きな財産になりました。政治家というものは、やもすると独善に落ち入ってしまいがちですが、毎週、街頭に立つことにより、世の中における自分の立場を再確認させてもらい、不特定多数の街を行き交う国民の皆さんに無言の教育を受けているかのように感じました。自分にとっても有難いことだと思いますし、政治の生の姿を少しでも国民の皆さんに直接聞いてもらうためにも、今年も街頭演説を続けていきたいと考えています。
 今年も波瀾の一年が予感されますが、引き続きのご指導ご鞭撻をお願い申し上げますと共に、今年一年の皆様方のご多幸 を心からお祈り申し上げます。

■ 「岸田文武君を偲び岸田文雄君を励ます会」開催 -東京-
 
 昨年は岸田文武先生が急逝されてから三回忌にあたり、故人の遺徳を偲び、また今後岸田文雄代議士の一層の飛躍を願い、前内閣総 理大臣宮澤喜一先生をはじめ、河野洋平自民党総裁、森喜朗自民党幹事長、氏家斉一郎日本テレビ社長、渡辺恒雄読売新聞社社長、他が発起人となられ十一月十七日(木)赤坂プリンスホテルに於いて「岸田文武君を偲び岸田文雄君を励ます会」が開催されました。
 当日はご出席の方に亡き文武先生の遺影に献花をして頂き開式となりました。まず最初に発起人を代表して宮澤喜一先生よりご挨拶があり、続いて橋本龍太郎通産大臣、加藤紘一自民党政務調査会長、島村宣伸自民党国会対策委員長、吉国二郎横浜銀行相談役名誉会長らのご挨拶を頂きました。その皆様のご挨拶の中で、「岸田文武先生は卓越した政策識見を持ち、これからという時の急逝は、期待をしておった我々は誠に残念なことではありましたが、現在はその亡き父の遺志を継いだ岸田文雄先生は、若手の議員の中でも将来の有望株として大いに期待している。」とお言葉を頂きました。文雄代議士も皆様の励ましの言葉を受けて、今後、いっそう頑張っていくこ とを皆様にお誓いし、引き続いてのご支援をお願いしていました。そして、杉浦敏介日本長期信用銀行最高顧間の乾杯でパーティーに 移り文雄代議士も裕子夫人と共に各テーブルを回り、多くの方々から励ましをいただきました。

 ■ 広島における精力的な活動




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